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代表 投稿 乳幼児ゆさぶられ症候群(SBS)一考

乳幼児ゆさぶられ症候群(SBS)一考
子ども虐待予防センター仙台 代表
東北大学大学院医学系研究科法医学分野 教授
舟山 眞人

いつものように通り一遍のご挨拶、ではなく、虐待に関する最近の話題について。今回は乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)です。
SBSは1972年に米国の放射線医であるJ Caffeyが児を揺さぶることによって網膜出血、硬膜下血腫、くも膜下出血が生じることがある、と述べた論文に使用された用語です(実際はその前の年にGuthkelchという医師がむち打ち損傷と硬膜下血腫との関連論文を報告しており、こちらが最初の人と紹介されている場合もあります)。ちなみにCaffeyは1946年に成因不明の硬膜下血腫を合併した長管骨骨折を示す小児の6例を発表しましたが、これが小児虐待の最初の臨床症例であると言われています)。乳幼児は首の筋肉の発達が弱く、一方で重い頭のために、強く揺らすことで頭部が前後に大きく可動し、上記の症状が生じる、というものです。わが国でも虐待症の中に、SBSが原因であるとの報道が目に付くようになりました。
私も過去にこのSBS関連で注意を受けたことがあります。学会でオーストラリアに行った際、どこかの動物園で、お金を出せばコアラを抱いてワンショットということで、生きた本体を受け取りました。そのときあやそうと数回軽く上下したところ、管理人のおばさんに「No shaking」と叫ばれました。激しく左右に振った分けではありませんが、子供を揺さぶらないこと、は豪州市民に浸透していたようです。
とはいえ、私の乳幼児剖検例の中で、いままでSBSが原因であると判断したものはありません。網膜出血の確認が難しいということもありますが(角膜は混濁し、瞳孔から網膜は覗けないため、出血の精査は眼球摘出を行う必要がありますが、司法解剖とはいえさすがにそこまでは踏み切れませんでした)、もう一つは頭部を振っただけで死に至るかとなると疑問があったからです。
もちろんその疑問には根拠もあり、米国の有名な監察医であるDiMaioら、がその著書で、1)網膜出血自体は胸部圧迫などでも起こりえること、2)彼らの多数の経験例において全例、頭蓋内出血は頭部への直接外力であったこと、3)剖検では明らかな直接外力の痕跡が、臨床診断では見つからないこともあること、4)実験的にも硬膜下血腫を引き起こすような頭部の加速度・減速度運動量は、揺さぶりだけではエネルギー量として小さいこと、などからSBSによる死亡の信憑性を述べています。
もう30年以上も前ですが、乳児の剖検例で、頭部を含め全身には損傷がないにもかかわらず、硬膜下血腫による死亡を経験しました。もちろん病的なものもありません。これだけですと真っ先にSBSを疑へということになるかもしれません。しかし真実は父親が布団の上に何度か放り投げたということでした。つまり頭部には直接位置エネルギーと運動エネルギーがかかっていたのですが、当たったところが布団なので頭皮・頭皮下・頭蓋には明らかな出血がないのも説明ができます。
現在、このSBSという概念が“揺れて”います。これまでの考え方であればSBSの3徴候、すなわち1)硬膜下血腫、2)網膜出血、3)脳症(び漫性脳損傷や脳浮腫)、があれば、それだけでSBSによる虐待死である、というものでした。ところが最近言われている反論として、先述のDiMaioが述べた様に網膜出血や「薄い」硬膜下血腫は単に脳の低酸素で生じ得ることがあり、この三徴候だけをSBSの根拠にしては行けないという考えです。更にこの問題を混乱させているのが、多くの論文では血腫の成因に関する議論が主で、では実際の死因はなんであるか、がはっきり記述していないことです。3徴候の中で、網膜出血自体は致死的なものではありません。また脳浮腫といっても、小児の脳は柔らかく、形態学的に証明は困難です。その上で「薄い」硬膜下血腫があったとしても、それでは死因とはならず、従って虐待とに因果関係を安易に結ぶことはできないと私は思うのですが、どうも一部の捜査関係者はこのような場合でも養育者を逮捕し起訴しているようですし、当然、法医医師を含めた医療関係者もそれを認めているのでしょう。
一方で、厚い硬膜下血腫が剖検で確認された場合、死因診断はこの異変でよいとして、では果たしてSBSのせいなのか?硬膜下血腫は柔道の稚拙な受け身の際に生じるように、頭部が強い回転/加速・減速運動を行った場合に生じるといわれています。先ほど述べた様に柔らかいものの上に児を放り投げたような場合でも生じますので、必ずしも激しく揺らした結果とは限りません。
問題はお座りで自ら後ろに倒れた場合です。確かに脳の萎縮があるような高齢者や大酒家などでは転倒で致死的硬膜下血を引き起こすことは希ではありません。しかしそういった大人でも座った状態で布団に倒れて致死的な出血を生じるかとなると、考えにくいと言わざるを得ません。しかし絶対にないともいえません。
結局のところ、頭部をどの程度に揺さぶることで致死的な結果になるとの統一見解は医療関係者の間ではでていません。巷ではSBSと死との関係を含め、SBS診断に疑問視する動きがあります。医療関係者以外の人たちも巻き込んだ活動においては、SBSに否定的な論文を引用します。もっともこの傾向は医療関係者でも変わりは無く、SBSの重要性を認める医師達は肯定的な論文を引用します。ということで、このSBS論争に決着がつくのは当面、困難であろうと思います。一法医学者としては、この論争に深入りせず、ただ淡々と所見を述べるだけですが。

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