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「代理人によるミュンヒハウゼン症候群」 舟山眞人

最近、心を悩ます事例がありました。その事例に関連し、過去の症例のことを思い出いながら書いていくうちに、少し字数が多くなりました。ご勘弁ください。

過去の症例とはもう20年以上も前のことです。もっとも、その当時、後述します「病態」の知識はなく、ただただ極めて不可解なものと感じておりまた。

その症例は立件されていませんので、詳細は述べられませんが、死者は3ヶ月半の乳児です。母親がミルクを飲ませたあと、上の子と一緒に寝、5時間に様子をみると急変していたということです。頬や頭を叩いても反応がないことから救急車を呼びました(顔面にはそれによると申し立てた打撲痕がありました)。病院到着時は心肺停止で蘇生することなく死亡、ただレントゲンで頭に骨折があったことから警察が呼ばれ、解剖となりました。解剖では頭の損傷が死因と判断されましたが、お母さんが言うには上の子がしばしばこの子に”暴行”を加えており、今回もそうではないか、ということでした。

この子の死亡前の経過ですが、生後1カ月以降は殆ど病院に入院しています。生後1カ月健診時にお母さんが夜泣きを訴えていましたが、特に異常なしとされています。しかしその2日後に呼吸器感染症で1カ月半入院。退院後1週間で異常呼吸の訴えで1カ月入院。いずれも原因は不明でした。そして死亡は退院後2日目です。解剖では時間の経過した肋骨骨折や古い頭蓋内の出血がありました。しかし、繰り返される上の子の”暴行”ということで、もちろんお母さんに対し強く疑いを持ちましたが、病院からの情報では、お母さんは頻回に病院に来て、子供の心配をしていたということで、その時は上の子は当然、罪に問えないし、しかし不思議なこともあるものだ、という認識でした。

その後、暫くして代理人によるミュンヒハウゼン症候群というものの存在を知りました。ミュンヒハウゼンは実在した人の名で、「ほら吹き男爵の冒険」で一昔の読書好きの子供たちは知っていたかと思います。ミュンヒハウゼン(1720-1790) はドイツ南ハノーバに隠居後、お喋り上手の老男爵として有名となりました。彼の話は、後のR.E.Raspeによる冒険ファンタジーの元になりました。興味のある方は「バロン」という映画(「月の王」にロビンウイリアムスが演じています)をご覧下さい。

さて、この疾患を最初に記載した医師は1951年に世界的な有名な医学雑誌Lancet上で彼の名前を借用しました。その記載では「これはほとんどの医師が経験している、どこでもみられるような疾患である。しかしそれについての記述はほとんどない。かのミュンヒハウゼン男爵のように, 常に世界を旅しているようであり、その話はドラマチックで信じがたい・・・」と。

これを現代の精神医学では「虚偽性障害」と呼ぶそうです。これをまとめますと

1)患者は意図的に身体的障害、あるいは精神的障害の徴候を引き起こし、現病歴や症状を事実とは異なって伝える。

2)目的は唯一、患者の役割を演じること。即ち、入院加療そのものが、第一の目的となり、生活手段となることもある。

ということで、詐病とは全く異なることにご注意ください。すなわち、行動の外的動機

(経済的利得、法的責任回避など)が欠如している、と言う点です。

問題なのは虚偽性障害の患者が、対象を自らではなく、その代役を子供に課すことがあることです。これが代理人による症候群と呼ばれるものです。これに最初に報告したのがイギリスの小児科医 R.Meadowです。彼は4つのポイントを挙げています。

  1. 両親のどちらか一人あるいはある養育者によって作り上げられた偽りの疾患である。
  2. その子供は医療機関にかかることになる。通常は継続的であり、しばしば複数の機関に受診する。
  3. 加害者はその病気の成因を知らないと言い張る。
  4. 急性の兆候・症状は加害者が子供から離れたときには生じない。

現在ではもっと詳細なクライテリアがありますが、基本的にはこれで十分かと思います。これが危険なのは、養育者がその子の死を意図しなくても、結果的に死が訪れるような作為を子供に行ってしまうことです。

私が上述した事例を経験した時代、年配の法医学者でも同疾患の存在を知らない方が多かったではないのでしょうか。マスコミ報道では1998年に薬物や多量の水を母親から飲ませられた子どものケースを報告していますが、これがわが国での最初の報道かどうかは不明です。しかし、過去においても、これによる死亡や未遂例は多々あったのではないかと思います。そして今でも、この範疇にはいると思われる報道が散見されます。

お分かりの通り、最初に紹介した事例はまさに代理人によるミュンヒハウゼン症候群でしょう。もし当時、その知識があれば、上の子はどうであったか、次の子を守るためにはどうすべきか、いずれにせよ児相に相談することになったでしょう。とはいえその当時の児相もこの「病態」を知っていたかどうか。そして正しい対応が出来たかどうか。

最近、児相から相談を受けた事例がありました。その子には説明困難な損傷がみられましたが、それ以外は家庭的に全く問題がないという話でした。これ以上、親子を離すわけにもいかず、という児相の要求の中で、稀な仮説ではあるが、その損傷が偶然起こり得ることもあろう、という判断を児相にせざるをえませんでした。可能性として代理人によるミュンヒハウゼン症候群はあげられるものの、結局のところ、それ以上の確証も得られなかった、という事例を経験しましたので、今回話題にした次第です。

なお、最後に。

「代理人によるミュンヒハウゼン症候群」の多くは自らの子を対象にしたものです。ただこの「病態」は医療の現場でも起こり得ること知られています。これまでの論文などからの統計では、保護者の立場の多くは「看護師」、子どもの立場は「患者」が一般的です。

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